2日目、朝一に川中島古戦場を見た後、旅の安全を祈りに立ち寄りました。
境内西側の駐車場に車を止めて、さあ参拝です。
善光寺は無宗派の単立寺院で、山号は「定額山」と称します。
まずは仁王門です。宝暦2年(1752)に建立されましたが、善光寺大地震などにより二度焼失し、現在のものは大正7年(1918)に再建されたものです。この門には善光寺の山号である「定額山」の額が掲げられています。
仁王門
参道
仁王門から参道をまっすぐ進むと山門(重文)があります。
寛延3年(1750)に建立された二層入母屋造りの門です。屋根は大正年間の葺き替え時に檜皮葺きとなりましたが、平成14年から19年にかけて行われた平成大修理において、建立当時と同じサワラの板を用いた栩葺き(とちぶき)に復原されました。
楼上には輪王寺宮筆の「善光寺」と書かれた額が掲げられています。これは通称「鳩字の額」と呼ばれており、3文字の中に鳩が5羽隠されています。更に「善」の一字が牛の顔に見えると言われ、「牛に引かれて善光寺参り」の信仰を如実に物語っています。
山門
近くにいたガイドさんの話では、開山の祖とされる本田善光の名を取って善光寺となった ということです。。。
山門の額
500円支払って山門の2層部へ上がりました。仏像などが安置されていましたが、華やかで大規模な京都の山門を知っているだけに、ちょっと貧粗に見えてしまいました。バチあたりですが500円は高い!
山門の階段
山門をくぐると正面に本堂(国宝)が見えます。
本堂は創建以来十数回もの火災に遭いましたが、そのたびに善光寺を慕う全国の信徒によって復興されてきました。現在の本堂は宝永4年(1707)の再建で、江戸時代中期を代表する仏教建築です。
間口約24メートル、奥行き約54メートル、高さ約26メートルという国内有数の木造建築で、T字型の棟の形が鐘を叩く撞木(しゅもく)に似ていることから「撞木造り」と呼ばれています。屋根は総檜皮葺きです。
本堂
本堂入口
本堂内部は、多くの寺社のように本尊が正面になく、向かってやや左側の瑠璃段に安置されている。正面には「御三卿」つまり、中央に善光寺開山の祖とされる本田善光卿像、向かって右に善光の妻弥生御前像、左は息子の善佐卿像が安置されています。最奥の瑠璃壇には、御本尊・一光三尊阿弥陀如来様をお祀りしています。
本堂左入口から内部を撮影
本堂左側
奥行きが非常に長いです。
本堂右前から
本堂の東側に鐘楼があります。嘉永六年(1853年)に再建された檜皮葺の建物で、南無阿弥陀仏の六字にちなんで6本の柱で建てられています。
梵鐘は寛文7年(1667)鋳造の名鐘であり、重要美術品に指定されています。毎日午前10時から午後4時の毎正時に時を知らせる鐘として、更に長野オリンピックの開会を告げた鐘として親しまれています。
鐘楼
また本堂西側には経蔵(重文)があります。
宝暦9年(1759)に建立された宝形造りのお堂です。内部中央には八角の輪蔵があり、その中には仏教経典を網羅した『一切経』が収められています。輪蔵に付属している腕木を押し回すことでこの『一切経』を全て読んだことと同じ功徳が得られるといわれています。また、経蔵内には輪蔵を考案した傅大士、並びに伝教・慈覚の両大師像が祀られています。
内部は拝観できないので、残念ながら見れません。
経蔵
さあ、善光寺の次は上田城です。
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家族へのおみあげに、個数少なく値段が手ごろ(370円)だった「善光寺ごまだれ餅」をかいましたが、これが期待以上の美味しさで、家族に絶賛されました!

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