2012年4月22日日曜日

西本願寺 <世界遺産 国宝>

2012年4月18日 観智院(東寺)の後で参拝しました。

観智院(東寺)から結構歩いて西本願寺に到着しました。
西本願寺は浄土真宗本願寺派の本山で、正式名称を「龍谷山 本願寺」といいます。
境内は、国指定の史跡で、「古都京都の文化財」として世界遺産にも登録されています。

境内図

建物の配置と構造は真宗建築の典型で、親鸞聖人像が安置されている御影堂(ごえいどう)が、北隣の本堂(阿弥陀堂)よりも大きく造られています。
南から来たので、最初に国宝の唐門を見ました。

唐門

唐門は書院(対面所)への正門になります。前後に計4本の控え柱をもつ四脚門形式で、屋根は檜皮葺き、正背面は唐破風造、側面は入母屋造となっています。中国の許由と張良の故事を題材とした極彩色彫刻と鍍金金具で各所を装飾されていて、日暮し眺めても飽きないことから「日暮門」と呼ばれています。伏見城の遺構と伝えられています。京都三唐門の一つです。(他は豊国神社,大徳寺)
装飾の中にある麒麟は、キリンビールのマークの元になったそうです。

唐門の麒麟

唐門から北小路通を東に進み、堀川通に出て北へ進むと北東角に太鼓楼があります。

太鼓楼

太鼓楼は重層の楼閣で、江戸時代には内部にある大きな太鼓で周囲に時刻を告げていました。幕末、本願寺を一時的に屯所としていた新撰組による刀傷が、今も残っているそうです。

さてまだ境内に入っていないので、阿弥陀堂門から境内に入ります。

阿弥陀堂門

正面に巨大な阿弥陀堂(重文)が建っています。これは本堂にあたり、宝暦10年(1760)再建。東西42メートル、南北45メートル、高さ25メートルあります。

阿弥陀堂

内陣中央に阿弥陀如来の木像、左右にインド・中国・日本の念仏の祖師七師と聖徳太子の影像が安置されています。

珍しく撮影禁止ではなかったので、恐る恐る撮影しました。
 
阿弥陀堂 内陣

阿弥陀堂 外陣

外陣は285畳あります。
阿弥陀堂の南に建っているのが御影堂(重文)です。
御影堂は寛永13年(1636)建立で、東西48メートル、南北62メートル、高さ29メートル。中央に親鸞聖人の木像、左右に本願寺歴代門主の御影を安置し、重要な行事を行う御堂です。

御影堂

こちらも撮影できたので外陣を撮影しました。
外陣は441畳あるそうです。

御影堂 外陣

国宝の書院と飛雲閣を拝観するには、事前に予約が必要です。前日に予約を済ませ、14:30からの拝観になっています。(なんと無料です)
時間があったので境内を散策していました。

境内東南にある鐘楼(重文)が柵の向こうに見えています。

鐘楼(鐘楼の右下に飛雲閣が少し見える)

時間になったのでいよいよ拝観です。平日でしたが20名ほどいました。
拝観できたのは国宝の対面所(鴻の間),重文の南能舞台と国宝の飛雲閣です。全て撮影禁止なので写真がありません。

対面所(鴻の間)(西本願寺HPから)

対面所(鴻の間)は入母屋造妻入り、本瓦葺きで、平面規模は桁行38.5メートル、梁行(間口)29.5メートル。主室は欄間に雲と鴻(コウノトリ)を透彫りにするところから、「鴻の間」とも呼ばれています。広さは下段のみで162畳、上段を含め203畳あり、御影堂,阿弥陀堂に次ぐ広さです。天井は格天井となっていて、襖,壁等の障壁画は本願寺お抱え絵師の渡辺了慶の筆とされています。
正面奥(北側)は東西方向に長大な上段となっていて、中央に大床(おおどこ)、左に帳台構が設けられています。

対面所上段(西本願寺HPから)

上段の東には床高をさらに1段高めた上々段があり、違い棚と付書院が設けられています。

天皇の勅使が来られたときに使われたそうです。

対面所上々段(西本願寺HPから)

対面所を出ると正面に重文の南能舞台があります。現存する能舞台としては、日本最大のものです。

南能舞台の背面には大きな松が描かれています。この松は、対面所の中から見るとはっきり見えますが、外(舞台の正面)に出ると殆ど見えなくなります。

南能舞台(西本願寺HPから)

次はいよいよ、私が京都で一番見たかった建造物。国宝の飛雲閣です。
書院を一度出て、下の写真のような隠し扉を入ると現れます。
こちらも撮影禁止で写真がありません。

飛雲閣(滴翠園)入口

境内南東隅の滴翠園(てきすいえん)内、滄浪池(そうろうち)と名付けられた池に面して建っています。3階建の庭園建築で、各階は平面の大きさを変え、屋根などの意匠も左右相称にせず、変化に富んだ外観をもっており、豊臣秀吉の聚楽第の遺構と伝えられています。
1階は池から船で直接建物内に入る形式の船入の間があり、上段・上々段を設けた主室の招賢殿、八景の間、茶室憶昔席(いくじゃくせき:国宝)などがあります。憶昔席の部分のみは建築年代が明確で、寛政7年(1795年)、茶人藪内竹蔭らによって増築されたものだそうです。2階は周囲の板戸に三十六歌仙の像を描いた歌仙の間があり、3階は摘星楼と名付けた8畳で、1,2階の書院風に対して草庵風の意匠となっています。金閣、銀閣とともに京都三名閣の一つです。


飛雲閣(西本願寺HPから)

金閣・銀閣と違い左右非対称ですが、全体が非常に美しいです。鳥肌です。内部に入れるのはうれしいですが、やはり一番みたい外観をじっくり堪能したいです。
ただ毎年一日だけ、中で茶会が開かれるそうで、一般の人も入れるそうです。

飛雲閣の横には重文も黄鶴台(おうかくだい)があります。
寄棟造り・こけら葺の建物で、内部は床の高さが異なった三室からなっています。一番高い部屋は脱衣室で、階段を下りると控えの間があり、その奥が浴室です。10畳ほどの板張りで、隅に唐破風付きの蒸し風呂があり、床板のすき間から蒸気が出る仕組みになっています。
直接床に座ると熱いので、布を敷いて座り、出る時は衣を着替えて着替えた衣を敷いていた布で包んで出たそうです。そうです、これが風呂敷の始まりです。
飛雲閣はぜひもう一度拝観したいです。タダですし。。。

拝観後、書院の南側に回り、塀の外から書院を撮影しました。

書院 屋根。。。

西本願寺を出て、東本願寺に参拝し、阪急烏丸まで歩いて帰りました。
今日は2万歩弱歩きました。


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